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ウズベキスタンの青

6/7から6/12までウズベキスタンを旅しました。
旧ソヴィエト連邦から1991年に独立した中央アジアの国です。

4つある世界遺産のうち「サマルカンド」と「ブハラ」を
まわってきました。

印象的なのは青色のタイル・モザイクで、特にサマルカンドは
「青の都」とも呼ばれています。

サマルカンド地方には10万年前の人類定住跡がありますが、
紀元前4世紀にアレキサンダー大王の遠征軍が到達したときに
「話に聞いていた通りに美しい、いやそれ以上に美しい!」と
言わしめ、その存在が世界に知らされました。
その後はペルシャ、モンゴルなどの攻撃に興亡を繰り返しながら、
シルクロードの中継地として発展していきました。

現在の街は1370年以降のティムール帝国期に築かれたものです。

モザイク装飾は、ティムール朝で最高の水準に達し、その後の
各地のイスラーム建築の発展につながります。
その「サマルカンド・ブルー」と呼ばれる青の秘密はコバルトで、
中国の陶磁器の技術とペルシアの顔料が結びつき、色鮮やかな
タイルが誕生したわけです。


サマルカンドと言えば「レギスタン広場」です。
左奥の青い尖塔に、ビックリの出来事が.....
registon.jpg

詳しくはこちらのホームページの旅歩記をご覧ください。
http://mugen.ehoh.net/uzubek2013.html

「家族に乾杯」パラオ共和国

8/8のNHK「鶴瓶の家族に乾杯スペシャル」は、
女優、石田ゆり子が鶴瓶とパラオ共和国を旅する
スペシャル編。
片言の日本語を話す現地の人たちが多く、とても
親日的な感じを受けました。

実は国旗のことも紹介してほしかった...
偏向番組が多い今のNHKでは無理でしょうが。
parao.gif

親日的な理由と国旗についての心を打つ話です↓

池田整冶さんのホームページから
「サクラ・サクラ」
http://ikedaseiji.info/2010/03/2010-426.html

毎年、8月になるとマスゴミが戦争について
採り上げることが多くなりますが、どうも
ある間違った方向に国民を導こうとする
意図が感じられます。

私を含め日本人が、戦後66年の間、近代の
歴史を正しく教えられてこなかったことに気が
付かなくてはならない時期に来たようです。

ヤン・リーピンの「クラナゾ=蔵謎」

ヤン・リーピン(楊麗萍)の「クラナゾ=蔵謎」を観て来ました。

本国以外では初の海外公演となる『クラナゾ〜チベットの謎〜
Tibetan Mysteries』は、3年という歳月をかけて九寨溝から
聖地ラサを目指す一人の老婆の物語です。
ヤン・リーピンが実際に出会ったおばあさんがモデルになっています。
「なぜ彼らはすべてを投げ打ってまで巡礼の旅に出るのか?」
チベット族独特の歌舞や宗教観が、圧倒的な迫力で感動を
呼びます。

出演者は四川省など4つの省とチベット自治区のチベット農民たちです。
kuranazo02.jpg

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ヤン・リーピンよりコメント
「この度起きた東日本大震災におきまして、
日本のたくさんの方々が大変辛い思いをしておられると思います。
私たちも2008年に四川大地震を経験しており、多くの犠牲者を出しましたが、
各国のあたたかい支援を受け復興に向け努力をしてきました。
今回は、私たちが日本に恩返しをする番です。
公演の出演料の一部を義援金として、
被災地の方々に役立てていただきたいと考えております。
被災地の1日も早い復興をお祈りしています。」
2011年3月25日 ヤン・リーピン
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Bunkamuraの情報ページです。 動画を見られます。
http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/11_liping/index.html

前作「シャングリラ(雲南映象)」のDVDは持っているので、
いずれ「蔵謎」のほうも現地から手に入れたいと思います。
(「クラナゾ=蔵謎」のDVDは四川九寨溝藏謎大劇院が制作し、
劇場限定で販売し ています。)

四川省の九寨溝にある藏謎大劇院でも上演しています。
http://www.jzg.gov.cn/publicfiles/business/htmlfiles/jzgxzfw/s1695/200907/49183.shtml


以前にアイスランドの歌姫ビヨークが中国コンサートの
会場で「フリー・チベット!」と叫んだことが話題に
なりましたね。
http://youtu.be/fa0673d-mPA

台湾でレクチャー・コンサート

6/15から19日にかけて、台湾に行ってきました。

今回の旅の目的は、日本語を学んでいる中高校生を対象に
日本の文化を紹介することでした。

17日は屏東県の美和高級中学校で中学生に、18日は台中の
新民高級中学校で高校生に講演してきました。


私のやっていることを生かすために、「シルクロードと
正倉院の楽器」について話をしながら演奏もすることに
しました。

写真や図をまじえてパワーポイントを使って説明し、
復元(?)した楽器「拜簫 (はいしょう)」「古代尺八」
「夜雨琴」を使って、古い「越天楽」から新しい曲まで
演奏しました。

最後にみんなで「世界に一つだけの花」を歌って楽しく終了。
両校ともとても礼儀正しく素直な生徒たちに関心しました。


台湾は食べ物も人も良くて、とても気持ちよく過ごせました。
お世話になった交流協会の皆さん、学校の皆さん、そして
言葉が分からなくても親切にしてくれた台湾の皆さん、
ありがとうございました、また行きます!


私のホームページにも旅歩記をアップしましたので
ご覧ください。demaekouza.jpg

サグラダ・ファミリアがあぶない!

ガウディが設計したバルセロナのサグラダ・ファミリア教会は
20年後に完成、それとも崩落?

1882年に着工され、これまでに90mを超える塔8本が完成していて、
今後は170mの塔も建設されるらしい。

ところが、その真下をスペインとフランスを結ぶ高速鉄道の
トンネル計画が持ち上がっている。

世界遺産を崩落させる危険があると、教会建設関係者は路線変更を
求めている。

スペイン国鉄側は、教会基礎とトンネルのあいだに補強壁を設ける
ことを提案したが、05年に地下鉄工事現場で陥没事故が起きて、
周辺地盤のもろさも指摘されている。



この騒ぎで、教会が市の建築承認を得ないで建設されていたことや、
当局が120年以上にわたって無許可建築を黙認していたことも
明らかになったというのだから、どっちもどっちですね。

さて、どうなりますか。


ガウディのサグラダ・ファミリアと言えば、この映像を
思い出します。

1984年のサントリー・ローヤルのCMです。
高杉治朗氏の映像、長沢岳夫氏のコピー、
音楽はマーク・ゴールデンバーグ「オルフェ」。



英語フィーバーの韓国

「英語村」というテーマパークが韓国にあります。
3E(Experience, Entertainment, Education)を柱にした
道(=県)主導の事業で、イギリスの町をモデルに入国審査(?)
から始まり、まるで旅行や生活をしている気分で楽しめ(勉強?)
ます。 年間50万人もの入場者があります。

「英語村」
http://world.kbs.co.kr/japanese/town/town_trend_detail.htm?No=63

英語教育加熱の背景には、90年代後半の経済危機と北朝鮮の存在
があるようです。
英語が出来ないとリストラされるかもしれないとか、なにかあった
時は国外に脱出しても生きていけるようにということでしょう。

小3から始まる英語教育はともかく、英語教育を取り入れている
幼稚園が人気らしい。 そのために近くに住まいを移すのはあた
りまえ!
少数精鋭主義で教育する塾も盛んで、スピーチ・コンテストに
参加するのを目標に、家でも英語の宿題のあとは英語のDVDで
耳を慣らすのです。
コンテストに優勝した9歳の女の子は、塾で高校・大学レベルの
ディベートまでこなしていました。

日本で英語留学といえば大学を出てからが多いが、韓国では小学生
だろうが母親とともに英語圏の国に留学するケースが多く、
国内に残り仕送りをするために一生懸命働く「キロギ アッパ
(父親)」の姿は、逆(?)単身赴任を思わせます。

弊害もあらわれており、RとLを区別して発音しやすくするために、
子供に舌の手術を受けさせた事件がありました。
おそらくプチ整形をしたことのある親が、同じような気軽な感覚で
おこなったのでしょうが、いくらなんでも、それは行き過ぎで
しょう、しかも効果は無いそうです。

もちろん勉強のストレスが精神に問題を起こしてしまうケースも
あり、留学が原因で家庭崩壊につながることもあり、それよりは
国内の英語村で楽しみながら英語を学ぶほうが望ましいかも
しれません。

ここで気になる韓国の世論調査の結果。
「子供の英語教育のためなら移民したい---25.2%(!)」
これは、中国人の人生最大の目標の一つが「国を出ること」、
というのに通じる結果かもしれない。

まあ、自分の国を捨てるというより、地球人になるというふうに
、前向きにとらえましょう。

世界遺産イスタンブール

NHKの番組の中では、これと「世界街歩き」が気に入っている。

トルコは以前に旅したことがあり、また行きたいところのひとつだ。
イスタンブールはアジア側とヨーロッパ側とに分かれていて、ヨーロッパ
側はさらに新市街と旧市街に分かれている。

私達は新市街のホテルに泊まったが、オシャレなイスティクラル通りを
抜けて楽器屋さんの多い地区にガラタ塔がある。
滞在中にこのあたりで2回も爆弾テロがあったのが思い出される。
イスタンブールはガラタ塔からの眺めがよくテレビで使われる。
ガラタ橋をはさんで世界遺産の旧市街がよく見える場所なのだ。

橋を渡ったところにエミノニュの桟橋があり、NHKもそこに船で到着。
放映されたのと同じように、ガラタ橋から釣りをしている少年に身振り
手振りで話をしたのが思い出される。

道を渡るとすぐに庶民の市場「エジプシャン・バザール」(80軒位)が
ある。
香辛料の種類の多さと、放映されたような日本語があちこちから聞こえる
ので、とても驚かされる、が少し嬉しくもある。
そこの周辺は問屋街といった地域で、いつも混みあっていた。

5000軒もの店が並んでいるグランド・バザールでも、あやしい(?)
日本語に惑わされずに値段交渉するのがポイントだ。
すぐ隣のイスタンブール大学との間にある古本屋街で、細密画の絵葉書集
を見つけたときはうれしかったものだ。

番組ではトプカプ宮殿の財宝をとりあげていたが、あまり観光客の行かない
隣の考古学博物館が実は見ものなのだ。
庭には無造作にローマ時代の彫像が転がっていたり、館内にはアレクサンダー
大王の石棺といわれているものや、ギリシャ・ローマの彫像などがもりだく
さんなのだ。

ブルー・モスクの隣にある「トルコ・イスラム美術博物館」も、金属細工や
木工の装飾が美しいコーランの写本や、伝統工芸のカーペットの展示が
堪能できる。

イスタンブールには短いテレビ番組では紹介しきれないスポットがたくさん
あるので、もっと回数を増やしてほしい。


「ジリット」という、相手に棒を投げる騎馬競技がある。
ルールのなかに、負けを認めた敵をそれ以上攻撃しないという
のがある。
こうして敵を味方につけてしまうことで、より強い国の発展に
つなげるという考え方こそ、オスマン帝国の優れたポイントだ。

アヤ・ソフィア(聖なる知恵)もビザンツ帝国のキリスト教文化の
優れたところを受け継ぎながら、イスラム文化に取り込んだ美しい
モスクだ。
いつも補修がおこなわれているが、光が乱反射するようにタイルの
角度を一つ一つ変えるといった、昔ながらの方法を受け継いでいる。

トルコのミケランジェロと呼ばれたミマル・シナンは「いつか、
アヤ・ソフィアを超えたい」といくつものモスクを建設した。
最高傑作といわれる、ドーム直径27Mのスレイマニエ・モスクは、
壁に80個のカメを仕込み、音が響く工夫がほどこされている。
祈りの声が、あたかも神と人とを結びつけるように響くのだ。

アジアとヨーロッパを結ぶ要所にあって、様々な民族の文化を
取り入れてきた寛容のイスラム文化の象徴が、ここイスタンブール
である。


関口知宏「イギリス鉄道の旅」

産業革命と共に発展した鉄道網はブリテン島中に張り巡らされている。

旅は1838年に開業したパディントン駅で、人々に親しみを込めて
なでられたと思われる鼻ピカの熊のパディントン像のスケッチから
始まった。

まずは5000年前の遺跡ストーンヘンジを見るべく、ソールズベリーに
向かう。 むかし「ソールズベリー伯のなんとか(?)」って曲をギターで
弾いたことがあるから、親しみをかんじる。
ストーンヘンジはやはり重力をコントロールする装置(霊力?)がなければ、
あんなふうに積めないと思うな、不思議だ。

ウェールズの首都カーディフでは、古いウェールズの音楽を研究している人に
出会い、地上と宇宙を結ぶ音楽を奏でる「クルス」という楽器と中世の
ウェールズ語による歌を聞かせてもらっていた。 力強い歌だった。
一時すたれかけたウェールズ語も学校教育の中で復活しつつあった。
古いハープの楽譜は2進法で書かれていて、まるでコンピューターの
プログラムのようで驚いた。

エドワーズ1世が建てたハーレフ城でハープを弾いていた人の言葉が
印象に残った。 このあたりでは play the harp ではなく sing
the harp と言うそうだ、確かに楽器は歌わせなくては。

ポースマドックの1836年開業のフェスティニオグ鉄道は、1982年に
1000人のボランティアによって復活した可愛い鉄道だ。
途中の駅のカフェで出会ったロビー君(11歳の誕生日前日)は、絵を描く
のが好きな少年で、散歩しながらポツポツ話す姿や、ティール(かも)の
可愛い絵を描く姿が印象に残った。

1903年に電化されたチェスターから港町リバプールへの鉄道、
ビートルズも世界中から船乗り達がもたらす文化に影響されながら、
新しい音楽を作り出したわけだ。

湖水地方では年に200日も雨が降るそうだが、それだけ緑も豊かで、
ワーズワースが自然保護をとなえたのも当然のなりゆきだ。

カーライルでは2世紀ローマ帝国皇帝ハドリアヌスが建てた、かつて
3×5mで117Km もあった城壁が、今では帝国の滅亡を予感して
いたかのようだ。

スコットランドに入り、ハイランド地方の名産「ウィスキー(ゲール語で
命の水)」のあの色は、泥炭を含む自然の河の水の色と知る。

インヴァネスではパブで自由参加の音楽に加わって楽しんでいた。
キーがDと言うのはアイリッシュ・ミュージックにも多いけど、
ここでもD調のJigをやっていた、なんでDなのかな?

ロガート駅では駅舎を買って住んでいる一家が、近くのダンロビン城駅を
案内してくれた。 サザーランド公爵の専用駅だったそうだ。

ブリテン島最北端のサーソー駅から海辺へ行くと、宗谷の岬〜♪と
思わず歌いそうな果てしない景色だった。

イギリスは鉄道でまわると楽しそうだが、物価が高いからなあ。
ロンドンの地下鉄初乗り900円!? ヒャー!

青海チベット鉄道

中国の青海省の西寧(シーニン)からチベット自治区の拉薩(ラサ)まで、
1956km(日本縦断ぐらいか)にもおよぶ鉄道のドキュメンタリーをNHKで
やっていた。

1955年から計画され、1984年に西寧から格爾木(ゴルムド)まで開通、
2001年から5年でラサまで開通した。
4600mの山腹にトンネルを掘るときは、凍土が溶けないように冷やし(!)
ながら、平地の半分しかない酸素濃度のなか、酸素マスクをつけて
難工事を行った人々に感動してしまう。

中国では地下鉄しか乗ったことがないので、普通の列車の様子は興味深い。
定員900人15両編成でアメリカ製の3台のディーゼル機関車が牽引、
二日に一本、最高時速120kmで27時間ほどかかってラサに着く。
2等寝台が523元(7800円ぐらい)、一般座席がその半額だ。

やはり寝台は外国や沿岸部からの旅行者、ラサにショッピングモールを
作ろうという経営者たちや宝石を売り歩く業者達で、座席は巡礼に行く
チベット族の家族達や出稼ぎ帰りの人達が多いようだ。

出発時には乗客に記入してもらった健康カードをもとに、乗客係が健康
管理をする体制になっている。
車内はカナダの航空機メーカーの技術で、気圧と酸素濃度を平地の80%に
保つようになっているし、壁には酸素チューブの取り込み口もある。
なんといっても最高地点は5072mのタングラ峠越えなのだ。

夜に出発するのは、次の日に高原の風景を楽しんでもらうためで、眺める
ためだけにある観光用の駅もいくつかある。

食事は各車両に給湯設備があり、カップ麺なら5元(75円)弁当は20元、
いつも満員の食堂車は予約が必要だ。
気圧が低いのでご飯を炊くのに3倍時間がかかるとコックさんが言っていた。

夜にラサに着くと、ライトアップされたポタラ宮が浮かび上がる姿が、
巡礼者を感激させるにちがいない。
ラサは3600m、40万人が暮らしている。 ポタラ宮の前では五体投地で
仏への帰依を表す人たちの姿が絶えない。

映像では、ラサに向かって国道沿いに五体投地をしながら進む巡礼者も
とらえていた。 一日に2000回、5kmずつ進むが、これが最高の巡礼法
である。 これをなし終えた人たちの心は何段も仏に近づくにちがいない。 


関口知宏「ドイツ鉄道の旅」

日本中を巡りおわった関口さんが、外国の鉄道の旅にくりだした。
いつも「大きな文字の地図帳」を開きながら見ている。

むかし、イギリスのペンタングルというグループが「High Germany」という
曲を歌っていたイメージで、高いところが多いと思い込んでいたが、北の方は
広い平野なんだな。
車内で話していた人も、日本は起伏に富んでいるけどドイツは平らだ、なんて
言っていた。 南のほうはかなり山国って感じではあるけど。
日本を回っているときも笛を吹いたりしていたが、ドイツではリュートを
買っていた、30万か、ギャラで払えるぐらいなのかな?

カナダへNHK和楽団と行った時も、作詞して、それをフランス語(ケベック
のフランス語は本国よりも古いフランス語が残っているそうだ)に訳して
もらって、路上演奏のときに聴衆と一緒に歌っていたのが、印象に残っている。

ドイツでも英語からドイツ語へと乗客たちの協力で歌が訳されて、最終的に
なかなか良い曲になっていた。
関口さんは絵のほうも味があるし、音楽作りも上手で、民間国際交流には
ぴったりの人材だ。